2012年01月07日

2012年(平成24年) 今年もよろしくお願いします

寒の入りも済み、松の内も明け、七草粥を食した1月7日。今年初めてのブログになります。

写真はいずれも平成24年元旦に撮ったもの。

右は、まもなく初日の出を迎える月形町役場と樺戸博物館。夜明けの中で刻一刻と表情を変える空色と、暗がりから一瞬で浮かび上がった建物がとてもきれいで、新年の幕開けにふさわしい希望に満ちた瞬間です。

そして下の写真は、須部都川にかかる柳橋から撮った初日の出。川面から川霧が立ち上り始め、幻想的な雰囲気の中で初日の出を迎えました。おぼろげな光は現在を表現しているかのようですが、この後明るい日差しをたたえ、穏やかな三が日を迎えています。

みなさん、2012年(平成24年)もどうぞよろしくお願いいたします。

さて今年のお正月、私は今まで以上に「心の充電」に努めました。昨年の震災で知らず知らずのうちに開いてしまった心の穴を埋めるにはやはり心の栄養が必要ですね。意識的に家族との時間を大事にしたり、伝統的なお正月行事に関心を持ったり実践したり、趣味の手芸に没頭したり・・・。

心が満たされると自然に「やる気」も「元気」も湧いてくるものです。ここ数日は議員としての意識が強くなり、「月形町の今年の課題と展開」「議員活動報告書の草稿」「月形町の将来展望」などが常に頭に浮かんで・・・
さあ、仕事が待っています。

今年も気合を入れて、前向きに行きましょう。
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お正月休みに読んだコラムの中で印象に残ったものがあったので、紹介と感想を記します。

■戦後社会が終わり「災後社会」がやってきた (猪瀬直樹の「眼からウロコ」2012年1月4日 nikkei BP net

コラムの主旨は … 日本人は今まで「戦後○○年」という捉え方して「戦後社会」を生きてきたが、これからは「災後社会」を生きていかなければならない。 … というもの。

確かに東日本大震災の影響は大きく、社会の捉え方の基軸を変えなければならないと私も感じてはいたものの、「戦後」と「災後」を同一に捉えるまでには至っていませんでした。ただこうして指摘されると、確かに!! はっきりとした言葉に置き換えられたことで、課題と展開が明確になりました。

東日本大震災後、被災地だけでなく日本全体・日本各地として多くの課題が浮かび上がってきたと感じます。「絆」を意識した精神面だけでなく、一層支援が必要とされる地方の問題、高齢化や過疎化。生命の安全に大きく関わる原子力や食の問題、産業や日常にとっての電力の問題など。震災後に発生した新たな問題に加え、震災前から顕在化していた問題が喫緊の課題になったと言えます。また今後、復興に関わる増税や社会構造の変化が避けられないでしょう。加えて今まで先送りにしてきた社会保障や格差対策、国債残高の増大、外交や為替、経済・・・

問題点を上げればキリがありませんし、なにか暗黒時代のような印象を受けてしまいます。が、これを「災後」と捉えれば・・・戦後の復興期のように、とにかく前に向かって進むしかないと覚悟ができます。未来が今より良くなるように、子供たちに負のつけを回さないように、と今の私たちに何が出来るのか、最善を尽くさねければ!

東日本大震災の前と後とでは様々な状況が大きく変わっているのに、その渦中にいる私たち(特に未来に向かう仕事をする政治や行政関係者)は案外理解できていないのかもしれません。

とすると、月形町議会議員の私にいま求められている仕事とは、3月定例会の平成24年度予算審議でこの「災後」を充分意識した審議と判断をすることですね。前向きに、前向きに行きましょう。
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どこに書いてあったか忘れてしまいましたが、
「脳を活性化させるには身体を動かすしかありません。身体がスイッチになっているからです。だからまず動きましょう。朝「眠い」とそのまま寝ていてはいつまでたっても起きれないけれど、起きてしまえば目は覚めてくるのです。」
とありました。なるほど〜。

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