2019年09月18日

一般質問報告 3.選挙公報の発行【令和元年第3回定例会】

通告段階で町村議員仲間の関心が高かった質問です。参考になれば幸いです。
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3.選挙公報の発行について
 
■質問(宮下)
有権者全体に平等に候補者情報を届ける有用な手段として選挙公報がある。市町村の首長・議員選挙において選挙公報を発行する場合は「選挙公報発行条例」が必要であるが、月形町にはない。月形町周辺町村のほとんどが条例を持ち、発行している(条例制定日は以下の通り)。
18歳選挙権対応や投票率低下対策、無投票やなり手不足の解消等の課題解決のためにも、選挙公報の発行が必要ではないか。
○月形町周辺町村の「選挙公報発行条例」制定日
・長沼町  昭和41年
・栗山町  昭和54年
・南幌町  平成10年
・由仁町  平成15年
・新篠津村 平成2年
・当別町  平成10年
・新十津川町 平成31年3月 ← 4月の統一地方選挙で初めて発行
 
■答弁(選挙管理委員会・委員長)
○選挙公報は投票日の2日前までに全戸配布しなければならない。町村選挙は選挙期間が5日間と短く、配布の負担が大きい。事務的スケジュール、配布方法の検討が必要。
○また期日前投票が盛んになっていて、4月の町議選を例にすると、最終投票率74.28%のうち、期日前投票が34.79%だった。公報が配布される前に投票してしまう場合もある。
○候補者が情報を提供する方法として、選挙カー、ポスター、ハガキがあり、インターネット選挙も解禁されていて若年層へも届ける手段があるのではないか。
○経費や労力を含め、検討していきたい。
 
■答弁(町長)
選管の判断に従う。実施するとなれば、しっかり取り組みたい。
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いくつか指摘があったので、発行に向けて補足説明をしたい。(一般質問時に指摘したものもあれば、後日調査したものも含む)
 
■期日前投票の実態
○期日前投票がとても多いことに驚いたが、詳細を見て見ると・・・
・4月16日(火)告示
・4月17日(水)投票数  86人(3.06%:投票者数/有権者数)
・4月18日(木)投票数 228人(8.11%)
・4月19日(金)投票数 313人(11.13%)
・4月20日(土)投票数 351人(12.49%)
 ※ 期日前投票総数  978人(34.79%) 
・4月21日(日)投票日 
 ※ 有権者数2811人/投票総数2088票/投票率74.28%
○期日前投票は投票日に近づくほど多くなっている。選挙公報は遅くても金曜日には届くので、発行するとなれば「届いてから投票」という流れもできそう。
○選挙公報を発行するとなれば、その情報は即座にネットで公開できる。水曜日には公開可能で、期日前投票にも対応可能になると考える。
 
■インターネット選挙
○インターネット選挙は解禁になっているが、4月の町議会議員選挙でネット選挙をした(URLを届け出た)候補者は9人中2人(楠、宮下)のみ。候補者が自らを差別化するには有用だが、有権者に候補者情報を届ける手段にはなっていない(特に月形町の場合)
 
月形町には、刑務所があることから(刑務官家族等)転勤族が多く、福祉施設で働く人の出入りも多い。「候補者を知らない」を前提に取り組んでいく必要があると思う。
 
4月の選挙のとき、私の街頭演説を聴く(見ず知らずの)若い女性がいた。その女性はそのあと近くの掲示板の前でしばらくポスターを眺めていた。彼女にとって候補者情報はポスターしかなかったのだと思う(きっとハガキは1枚も届いていないと思う。街頭演説をする人もほとんどなく、それに出会う確率も低い)。こんなに選挙に関心を持っている人がいるのに・・・ やっぱ、選挙公報必要でしょ!

2019年09月16日

一般質問報告 2.防災・減災体制【令和元年第3回定例会】

ちょっと間が開きましたが、一般質問報告の続き。
 
2問目は、胆振東部地震から1年という節目にあたって、月形町の防災・減災体制がどう強化され、今後はどのように展開されるのかを確認しました。
 
現状や課題について細かな答弁の全てを書き取れなかったので、具体的な内容は議事録ができてから「議会だより」の中で報告したいと思います。以下は答弁概要と所感。
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2.月形町の防災・減災体制について
 
■質問(宮下)
胆振東部地震から1年という節目にあたって、月形町の防災・減災体制がどう強化され、今後はどのように展開されるのか
 
■答弁(町長)
○当時は広報が不十分。情報伝達手段の確保が必要
 →・町民向けに「大きくわかりやすい掲示板」を設置する
  ・IP告知端末機更新でスマホにも情報発信できるようになった
  ・関係機関トップとのホットライン設置した・・・他
○自助、共助、公助の必要性
 →・それぞれの課題に対して具体的に取り組んでいく
  ・様々な団体と災害時協力協定を締結
  ・移動式発電機(大型2,小型3)の配置
○過去の災害(S56水害)経験者が少なくなっている
 →・毎年1回、地域を指定して防災訓練を実施
  ・給食センターに備蓄品確保。防災教育にも活用
○防災体制の強化と再構築が必要
 →・地域防災マネジャー(退職自衛官)を採用したい(※)
  ・防災士と協力して、防災ガイドブック発行(10月下旬)
 
《所感》
台風・地震・ブラックアウトと連続した大きな災害からちょうど1年。様々な不自由を経験したのだから、課題の抽出と対策が進んでいると考えていたが・・・ スピード感が足りないという印象を受けた。
今年3月の当初予算時の目玉として「地域防災マネジャー(嘱託職員)」をすぐに採用して体制強化すると説明していたが、まだできていないとのこと。えっ? 
 
今、同じ災害が起きたら、町民個人個人が対応することはあっても行政組織が機能的に動けるのか疑問が残った。もちろん行政内部で様々な検討が行われ対策が講じられているのだけれど、その内容を町民が理解していない(知らされていない)。情報発信、情報共有がまだまだ十分でないと思う。防災・減災対策に関しては、町民と行政が一体化して当たる必要がある。

2019年09月06日

1年前の1週間後【胆振東部地震から1年】

1年前の朝3時7分に胆振東部地震が発生し、その後44時間の停電を経験しました。我が家的には前日の台風21号の被害が大きかったので、1年前はそんな記事を書いています。
 
山好きな我が家では道具もほぼ揃っていたり、水道とガスが使えたのでそれほど不自由がなかったと記憶していましたが、情報過疎での不安はあったんだな〜と思いだしました。
ラジオの情報も有効だったけれど、知りたい情報はSNSの方が入手しやすかったです。ただ、停電が解消してもネットと電話の基地局が機能しなくなってて・・・不測の事態が起きるので、多様なルートを確保しておくことって大事ですね。
 
この地震の後に用意したのは【電気を使わないで使えるストーブ】冬の災害に備えて。

2018年9月12日【台風から1週間】

ちょうど1週間前の今頃、台風21号の強い風が吹き始めた。
そのあとハウスが剥がされ、停電になり8時間後に復旧。娘と孫が帰省して喜んだのも束の間、翌午前3時に胆振東部地震が発生してまた停電。ハウスの修復をしながらブライダル用の花の出荷を続けた。そして43時間後に電気復活。ただし、停電途中から電話もネットも通じなくなって情報過疎に。全てが復旧したのは3日前だった。
そして昨日、娘と孫は帰っていった。

実に多くのことが起きた1週間。
仕事を終えて夜遅くに自宅に帰ってきたら、静かな家は以前のまま。
この1週間、旅に出ていたんじゃないかと思うほどの非日常だった。

ラジオから刻一刻と伝えられる情報に、どれほど驚かされたか。
ネットを通じて声をかけてくれる友人に、どれほど励まされたか。
近所の人との会話や知恵に、どれほど安心・感心させられたか。
孫というより「赤ちゃん」の笑い声や鳴き声に、どれほど救われたか。
娘が町内を散歩しながら集めた新鮮なローカル情報が、どれほど役立ったか。
夫の頑張りと配慮に、どれほど助けられたか。

人は、多くの人と繫がる方が幸せだと実感できた1週間だった。
みなさん、ありがとうございました。

私の周りはほぼ日常に戻っているものの、胆振東部地震の震源地周辺や液状化した札幌市の一部、そして台風21号の被害にあった大阪府の一部では、まだまだ被害が続いている。

今回の台風や地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
被災されたみなさんにお見舞い申し上げるとともに、どうか出来るだけ早く日常が取り戻せますように。

2019年09月04日

9月3日は月形町が原点を振り返る日【樺戸監獄物故者追悼式&月形潔を偲ぶ催し】

月形町の起こりは、樺戸監獄(当時は集治監=国立刑務所)の開設から。明治維新の政治犯を投獄する目的で、明治14年7月1日開村(空知管内第1号)、その2ヶ月後の9月3日に樺戸監獄開庁。この日にちなんで、毎年この日近辺に樺戸集治監物故者追悼式を行っています。(樺戸監獄の囚人たちが道内主要道路を開削し、その困難さで多くの犠牲を払った。詳細は月形町ホームページ>月形歴史物語で http://www.town.tsukigata.hokkaido.jp/5525.htm)

さらに、8年前からは「月形 潔(つきがた きよし=初代典獄=刑務所長、村長的な役割も担う。月形町の名前の由来)」の生誕地、福岡県中間市中底井野から歴史研究会のみなさんが訪れるようになり、(町職員や議員や関係団体代表者と)月形潔を偲ぶ「竹とうろうの夕べ」や交流会が開かれるようになりました。

9月3日は、月形町が原点を振り返る日なのです。

今年も物故者追悼式には多くの招待者が出席し、町外(全国・全道)からは札幌高等検察庁検事長や副知事、法務省や国交省の上級職、矯正関係者、集治監繋がりや近隣の首長、宗教関係者(教誨師)、北海道開発局、自衛隊、観光、報道などの方々が約130人。町内からは町政功労者や議員、各種団体の代表者など約50人。この他に町職員(管理職や担当職員)、随行者、町歌を披露する小学5・6年生などが約50人と総勢230人もが、会場の篠津山霊園囚人墓地に集いました。

追悼の言葉と献花、そして今年も札響コンサートマスターの大平まゆみさんが追悼演奏を披露するなど、とても盛大なものになりました。
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私は3年ぶりの参加で、ちょっと気になることが・・・ 

催しが一層盛大になる一方で、一般町民の参加がなかったこと。あまりにも規模が大きく、一般町民にとっては近寄りがたくなっているのでしょう。町外発信は熱心でも町内への取り組みはなく、町民の関心が薄いのも事実です。それと「月形潔」にスポットを当てすぎていること。確かに月形潔は月形の名前の由来にもなる開村時の月形を代表する方なのですが、月形町をつくるには町民の努力や苦労も大きかったわけで・・・ 月形潔(=首長、官)を強調すればするほど「お上(おかみ)」を崇めるようで違和感を感じました。

できることなら月形潔と合わせて、当時の町民やその暮らしに思いを馳せる催しになってほしいと思っています。

2019年09月02日

シンポジウム準備【大阪旅その6】

大阪旅のメインは「議会事務局研究会設立10周年記念 第6回議会事務局研究会シンポジウム」のパネルディスカッションに登壇すること。でもその前に、裏側の話しを少し。
 
議会事務局研究会は、地方議会事務局の充実強化のために2009年に発足し、現在の会員は64名(うち研究者5名、議員14名、首長および事務局職員を中心とした自治体職員等45名)。私がメンバーに加えていただいたのは2012年2月のこと。日常はメールでのやり取りで活動に参加しています。(※議員が会員になるには紹介や事前審査があります。)
 
昨年8月に第5回シンポを開催してすぐに10周年記念シンポが話題に上り、その後の研究会(会員のみの勉強会)で話が進められ、最終決定してからはML(メーリングリスト)で役割分担や情報共有をして準備を進めてきました。
 
会員は関西圏を中心に九州から北海道まで点在しているので、メールで進めるしかないのですが、要所要所では動ける人が動いて打ち合わせをしたり確認したり。その都度、情報をMLに流して共有という、機動力と熱意が半端ないのがこの研究会の特徴です。 
 
物事を確実に進めるには「適切な統括者」を置き、その統括者が情報を提供しながら適時に判断をして指示を出すことと、その指示に積極的に関わるメンバーが必要で、その全てがこの研究会の中に揃っているのがスゴイところです。特に、開催間際の確認作業と担当者の事務処理能力はスゴイの一言! また、普段顔を合わせることのない会員が開催当日の集合時間にいつの間にか集まり、事前配布されたフローに従い率先して準備を進める姿もスゴイの一言です。
 
そしてもう1点。研究会の活動にスポンサーがなく、手弁当で賄っているということ。今回、150人規模のシンポをあの会場を使ってあの参加費で開催できるのは、様々な工夫と会員の奉仕活動があってこそ。会員だけで登壇者がほぼ賄えるというのも大きいでしょう。
 
こういった信頼関係で築かれた議会事務局研究会。その会員であることに誇りを感じています。だからこそ、議会事務局研究会が起点になって各地の地方議会事務局が変化し、地方議会が市民自治の担い手として発展したらいいですね〜。
私もお役に立ちたい! だから、私に出来ることを1つずつでもやっていきたいと思ってます。
 
※ 写真は開催前の準備風景。当日参加した会員は35人、シンポジウム〜懇親会の中で某かの担当を持ち、10周年記念シンポを成功させるために働きました。
お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

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