2010年05月08日

農政の問題点(口蹄疫からの考察)

宮崎県を中心に口蹄疫が拡大している。

現場で懸命の対策がなされても終息する気配なく、むしろ拡大している。5月7日現在で43例の疑似患畜が確認され、処分頭数(豚・牛等)は計5万8876頭にもなったとのこと(農水省HPより)。
現場では患畜・疑似患畜が出た農家はもちろんのこと、そうでない農家も精神的に追い詰められているだろうし、蔓延を防ぐために活動している関係者も息つく暇もないと思う。想像することしかできないが、居たたまれない気持ちになる。

しかし、これ程ひどい状況になっているのに報道は少なく、農水大臣の会見がないのもどうか。

移動や取材に規制が引かれているのは充分理解できる。でも状況報道は出来るのではないか! 
風評被害を防ぐためにも、蔓延を防ぐためにも、そして現場で頑張って対策している人を励ます意味でも、現場の状況を全国民が理解することは必要だと思う。知ることで協力できることもあるのではないか。

また口蹄疫が終息したあとのことを考えれば、消費の拡大が関係者への何よりの手助けになると思う。そのためにも関係者が懸命に努力している現状を伝え、広め、理解して貰うことは重要に思う。現場に行けなくても、映像がとれなくても、農水省やマスコミに出来ることはたくさんあるはずだ。
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口蹄疫は感染力が強く伝播方法も明解でないため、疑似患畜は全て殺処分される。1頭でも症状のある家畜が存在したら、その農家の全ての家畜を殺処分しなければならない。それは口蹄疫(伝染病)の蔓延を防ぐためには必要で有効な手だてではあるけれど、農家の心情を考えると本当にやりきれない。

実際に、ある農家では5032頭の豚を飼育していて、口蹄疫の陽性反応が出た豚はたった1頭だった。それでも全ての豚を殺処分しなければならない。飼育している豚の中には種雄豚(父豚)や繁殖豚(母豚)も数多く含まれていることから、今まで何年もかけて育て上げた優良な遺伝子までも失うことになるわけで、殺頭数以上に被害が大きいように思う。
またこの地域は養豚が盛んであり、5000頭以上も飼育している養豚農家が数多くある。今回の場合、大規模になればなるほどリスクを抱えることになってしまった。

現在の農業は(畜産に限らず)「効率化と収益性」の追求から「大規模化」や「単一化」へと導かれてきた。農地の集約化や大規模農家へ手当、所得補償制度など、様々な手段で。それとあわせて共済等リスクに備えた仕組みも作られている。

しかし、共済や保障だけでは全ては解決できない。

口蹄疫で損害が出た農家に損失分(殺処分した家畜から得られたはずの利益)の何割かが補填されたとしても、その遺伝的な価値が保障されるわけではない。農家はまた一から事業を興すことになる。その気力と労力を考えると、大規模ゆえのリスクの高さが際立って感じられた。

もし農政が「農業の多様性」を認め、「リスクの分散」に目を向けていたら・・・

農業は自然相手の職業である。口蹄疫のような病害の猛威も受けるし、気象の影響も大きい。人の力で対処できる部分は、実は少ないと言える。そう考えると「リスクの分散」が大きな課題に浮上するのではないか。
小規模経営、多種多様な作物や生物を混合生産する複合経営、究極のリスク分散としての兼業農業・・・効率的でなく、今の時代には合わないとされた形態だが再考する価値があると考える。
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口蹄疫対策が功を奏して、早急に終息に向かうように願っています。
どうか早く終わりますように。

2010年05月06日

普天間基地移設問題における議員の役割

普天間基地移設問題は、「5月末までの決着」という期限まで1ヶ月を切って混沌としている。

日米の外交問題・防衛問題、諸外国との地理的条件、地元沖縄の生活・安全問題、日本全体における負担の不均等、歴史的な問題・・・と、『普天間基地移設問題』を取り巻く様々な側面があり、またそれぞれの立場における『正義』が存在している。

私のような中途半端な情報しか得ていない者がこの問題について考えを述べるのはおこがましいが、「もし私の住む月形町に米軍基地が移転するとしたら」と仮定して、議員の役割を考えてみた。
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月形町に米軍基地が移転するとなれば、まずは大規模な反対運動が起きると思う。それは沖縄で過去から現在まで続く数々の事件や事故を知っていれば当然のことだと思う。
こうなった時、私は町議会議員の役割として町民の意思確認をするだろうし、その意思を持って様々な活動をするだろう。(しかしこの時、自分の意思は反映できるのだろうか・・・)

これに対し、道知事はどう対応するか・・・。
「道民(月形町民)の意思を尊重し、道内への移設は受け付けない!」と突っぱねるか、
「沖縄県民の負担を減らすためには、誰かがそれを担わなければならない。道民(月形町民)の心情は理解するが、国(道)全体を考えて受け入れて欲しい。」と地元心情に理解を示した上で要請してくるのか。
どちらを選択するかは知事の判断であるが、その時に道議会議員はどの様な対応をするのだろう?

  自民党議員は同じ党の知事の選択を擁護するように動くのか?
  民主党議員は政権与党として、政府の意向を推し進めるのか?
  地元空知選出の議員は「地元側」の発言をするのか、「道側」の発言をするのか?

そして国会議員。
北海道は民主党議員が大部分を占める状況で、それぞれどの様な立場で発言するのだろうか?
地元選出の国会議員は民主党だが、その議員の発言は・・・
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この仮想状況と、沖縄の現実(既に基地を抱え、移設先も県内になろうとしている状況)とは全く別で、沖縄県議会議員や沖縄選出国会議員の発言を単純に比較や参考にはできない。しかしながら、その他大勢の当事者でない国会議員の「言動」や「姿勢」は参考になる。

皆「総論賛成、各論反対」で、議員としての主軸がどこにあるのか解らない。

政府や民主党が右往左往している状況で、自民党はうかうかしていていいのか?
もしこの件が頓挫し政権がひっくり返った時、次の政権を担う党はどこに落としどころを求め、どのような態度に出るのか?
今は批判ばかりで「代案」は見えないけれど、すぐ次は自分の番ではないのだろうか?
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国会議員は「国」全体の、都道府県議会議員は「都道府県」の利益に従って答えを導き出すのではないか。例え地元が反対したとしても(もちろん賛成したとしても)、それぞれの立場で「正義」があるとすれば、そういう行動をとることが議員の役割だと、私は考える。

もちろん「正義」には色々ある。
普天間基地移設問題にしても、そもそも米軍基地が日本になければならないという前提だから移転も必要になるが、それさえもいらないという論理があってそこに「正義」が見いだせたなら、移転でなく撤去もあり得る。

結局の所どの様な立場にある議員であっても、常に判断を迫られる政治家は「自分の進むべき道」とその先の「正義」を示し続けていかなければならない。その姿勢が政治家としての必要条件であり、役割なのだと思う。

もし自分の「進むべき道」と「正義」が時代に合っていなかったり、住民に理解されなければ、次の選挙で落選し「議員の役割」から外されるだけのこと。落選した人の道や正義では「議員の役割」を担えないと判断されただけのことだと思う。


2010年05月03日

この時期の仕事は・・・農作業(定植と草取り)

今日は議員活動から離れて。

ゴールデンウィークまっただ中ですね。役場もお休みなので、公的な議員の仕事もほとんど無いこの期間、私は農作業に精を出しています(我が家は切り花生産農家)。

ここ最近の仕事は、お盆用輪菊の定植(育てた苗をハウスの中に植え付ける作業)と、苗床の草取りです。写真はハコベ(雑草)に覆われてしまった小菊の苗を救出しているところ。3週間前にも1度草取りをしているのですが、生育旺盛なハコベは陽光と気温の上昇を受け、取り残した小さな芽から巨体を作り上げていました。

小菊の苗は摘芯(成長点を摘んで脇芽を育てること。1本の苗から数本の切花を採ることが出来る。)してあるので、小さな脇芽が育ち始めています。その脇芽を欠かないように株間に慎重に手を入れ、ハコベの根までしっかり抜き取る作業はかなりの集中を要します。でもこれが快感!!
 
無心で目の前の課題に取り組める至福のひとときです。

「無心」と言いつつも、身体と頭は意外にも切り離されているんですよね。
そんなわけで農作業のお伴はラジオ。時事ネタから人生相談、川柳や流行曲まで、結構情報通です。一緒に作業しているパートさんと笑ったり、文句言ったり、考えたり。
思考を巡らせるにもいい時間・・・今月末に迫ったシンポジウムのテーマを思案したりして。
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農業をしていると必然的に視野が広がります。農作物を作るだけでなく、稼ぐことも考えねばならないし、政治にも翻弄されるから。

大変なようで実に楽しい。新たな課題は目の前にゴロゴロ。日々変化。
終わりがないから楽しい。終わりがないと言っても、毎日ちょっとした達成感は与えてくれる。
身体はきつい、けど楽しい。生きているんだなあ、身体を使っているんだなあと実感できる。
自然を全身で感じられて楽しい。風の匂い、空気の重さ、太陽の力、鳥のさえずり、虫の変態、水の潤い、雲の流れ、月の満ち欠け、星の瞬き・・・

農業を始めて良かった。
農業のお陰で自由に発想できるようになった。
農業のお陰で「繋がり」の大切さが身にしみた。
農業のお陰で自分に自信が持てた。

2010年05月01日

融雪期の須部都川(大水注意)

5月の声を聞いて、いよいよ暖かくなってきました。と言っても最高気温は10℃前後、まだ平年より3℃ほど低く、10日〜2週間ほど遅れていますが・・・。

とは言え、ここ数日の雨とプラスの気温で山の雪がずいぶんと融けたようです。須部都川には雨水と雪融け水が一気に押し寄せ、大水が出ていました。
 
写真左:今日の夕方撮影。 写真右:10日前に撮ったもの。

いつもの川筋は柳の木が並んでいるところ。うねうねと蛇行し、川幅は3〜5mくらいでしょうか。その縁から堤防までは牧草地となっていて、水に浸かることはそう滅多にはありません。

もっとも、写真を撮ったこの場所は、石狩川との合流地点から約1km、須部都川を遡ったところ。石狩川の増水の影響を受ける地点でもあります。今日は午前中、石狩川の上流部(上川や空知北部)で洪水警報や注意報が出ていたので、その影響もあったかも・・・。

とにもかくにも、湖面のように水をたたえた風景はこの時期ならではのもの。警報が出るほどの大水は勘弁ですが、今日の様な光景は『春』を感じさせる風物詩です。

2010年04月26日

やっと雪融け

今年の春は寒さつづきで一向に暖かくなりませんね。特に4月に入ってからの寒さは全国的で記録的なものとか。「いつまでも寒いね〜」がここ最近の挨拶言葉です。

それでも春の日射しは力強く、陽が出てくれればポカポカと暖かい時もあります。そんなこんなで、数日前、低地の雪はほぼ融けました!! 

右の写真は4月24日(土)夕方に撮ったもの。畦際にわずかに残った雪も力なく、ベチャベチャで水に戻るのを待つばかり。田んぼ中央は暗渠が聞いているために排水が進み、乾いた状態になってきています。

そうそう、毎年この時期にやってくる白鳥やマガンですが、今年もやってきていました。左の写真は4月22日(木)夕方に撮ったもの。手前の白い点が白鳥で、落ち穂を一心不乱に食しています。24日の写真と比較すると分かるように、田んぼは雪融け水でいっぱいで水鳥の白鳥のちょうどいい餌場でした。

今年は気温が低く(毎日少しずつ雪が融けるような状態で)暗渠によって排水される量と融ける量が拮抗していたのでしょう。白鳥たちの餌場に適した環境は短かったです。

それと、今年の白鳥はなぜか静かでした。ほとんど声も出さず、羽音も立てず、気付かないほどです。どうして? 
(マガンは警戒心が強いのでそれなりに大声で騒ぎながらの食事でしたが、それでもいつもの年より静かだったような・・・気がします。)

参考までに、最後の写真は4月8日(木)夕方に取ったもの。約2週間でこんなにも景色が変わるですよ。

「北国の春」は、変化に富んでワクワク感を運んできます。次の2週間は花の盛りへと変化する時期。低温が続いたために、フキノトウもまだ小さく食べ頃ですし、チューリップも芽を出したばかり。いつにも増して一気咲きが見られそうです♪

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