2011年11月12日

野田首相「TPP交渉参加」表明を受けて

野田首相が「TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて関係国との協議に入ることとした。」との記者会見の様子が、昨晩から何度も放映されています。一つの結論が出されました。

「TPP」がマスコミで大きく取り沙汰されたのはここ最近のことですが、話題が出てきたのはもう随分前のこと。
ある政治評論家がラジオで「TPPって騒ぎ出したのはここ2,3週間のことでしょう。これで結論を出すなんて、情報が少なすぎる。」と言っていましたが、月形町では少なくとも1年前には常任委員会で話題になり、今年の3月には反対集会も開かれました。農業が基幹産業なので、早い段階から感心を持って地域全体として取り組んできたのかもしれませんが・・・それにしても都市部の反応の鈍さには驚きです。

それにマスコミの報道姿勢もどうかと思います。
「農業 vs 他産業」「地方 vs 都市部」の構図で語られ、国会での議論にまでこの構図を当てはめて報道していたからです。もし何の対策も取られないまま「例外なき関税撤廃」がなされたとすれば農業は間違いなく打撃を受けるでしょうが、非関税障壁に守られた加工業など他産業も大きな痛手を受けるはずです。また、日常的に加工品を多く使う現在の消費者にとっても様々な形で影響は出てくるでしょう。
確かに農業団体は大規模な反対運動を繰り広げてはいましたが、マスコミはあまりにもそれに乗りすぎたのではないでしょうか。 

マスコミがTPP問題の本質に真摯に向かい合っていたならば、もう少し違った報道があったでしょうし、国民の反応も違ったものになったように思います。政治のポピュリズム(大衆迎合)が叫ばれていますが、マスコミだって同じでしょう。「マスコミの使命とは・・」そんなことも考えさせられました。

とは言え、TPP交渉参加に賛成派も慎重派(もしくは反対派)もそれぞれの立場における「利」を発言していて、たぶんどれも正解なのだと思います。だからこそ高度な政治決断が必要でありそれを担うのが首相なのですから、その判断は尊重したいと思います。あわせてこれからの交渉の経過や今後の対応についても注目していきます。


ちなみに、私のTPPに対する考えは・・・

将来的に見て自由貿易は必要だと考えます。だからといって今回のTPPがその足がかりとして相応しいかは疑問です。その要因の一つは、アメリカがTPP参加主要国として大きな力を持っていること。これまでの歴史と関係性の中で対等な交渉ができるのかが疑問だからです。

そしてもっと大きな問題点として「日本の将来像」が明確でないこと。
特に農政においては全く見えません。長年行ってきた減反政策と転作奨励、そしてその後の自給率向上のための政策に一貫性が見られないからです。戸別所得補償制度も将来の自由貿易に備えた準備政策として有効と思っていますが、今の制度設計では役に立たないでしょう。
医療や介護、福祉なども、高度化や高齢化による給付費用の高止まりに対する手だてもなければ、そのサービスを担う人材不足の問題にも手が打たれていません。既に生産人口減少時代に入り、海外からの人材やサービスを受け入れるのかどうかも喫緊の課題です。

「日本の将来像」を持たない段階でTPP交渉に突入したら、国益に添った妥協点など見いだせないのではないでしょうか。「日本の将来像」が見いだせれば、たとえ不利益を被る分野になろうとも一人一人が考え対処していくと思うのですが、どうでしょう。

2011年09月22日

文化人類学的に見る新規就農者とは?(卒論インタビュー)

定例会の報告もまだ完了していませんが、ちょっとブレイク。


昨日、東京の大学3年生がインタビューに来られました。
文化人類学を専攻している彼女は、卒論のテーマに「人と社会文化の関わり」を選び、その題材として新規就農者を取材しているとのこと。既存の社会文化の中に新たに加わり生業を立てている私たち(新規就農者)の、そのとけ込む過程を通して「人と社会文化の関わり」を探ろうとしています。

夏休みを利用し実家のある北海道で調査をしていて、私たちを含め全道各地の新規就農者(6戸)に会ってインタビューをしたとのこと。ある新規就農者は「農家はクリエーターだ」とおっしゃったとか。確かに!
様々な新規就農者とのインタビューを終えて、彼女の中の農業(あるいは新規就農者)に対するイメージが「固定的・シンプル」なものから「個性的でバラエティに富んだ」ものに変化したようです。


私たちは今までもこうした取材を受ける機会が何度かあり、夫も私もその度に自分達の過去や考えに向き合い、信念や夢を再確認しながら言葉にしてきました。時には「えっ、そんなこと考えてたの?!」なんて思うこともあったりしながら(きっとお互い様なのでしょうけれど)。
そしてそのどれもが、私たちにとって良い節目になっています。

新規就農して18年目を迎えますが、経営もある程度軌道に乗り、子ども達も大きく育ち、地域社会との繋がりも濃くなって、様々な点で就農時点より成長し変化したのだなあと、しみじみと感じます。その間おぼろげに目指したものが、こういう節目を通して何度も確認していく間に確固たる信念や夢に変わってきたことも実感しました。インタビューに来てくれた彼女に感謝です。


「行動は動機を強化する」
心理学者・加藤諦三氏の言葉ですが、今ふっと頭に浮かびました。

2011年09月09日

台風12号は去り、いつもの月形に

全国的な台風12号の被害は甚大でしたが、幸いにも月形町ではほとんど被害を出さずに済みました。

 

左から順に9月3日朝、9月5日朝、9月8日朝の須部都川です。
右端の写真では、堤防の下から1/3までが泥で黒く汚れているのが見て取れます。大水が出た時のもの(左端)と比べると、いかに凄い水量だったか!!

今回ほとんど被害を出さずに済んだのは、台風の進路がずれたことが大きいです。加えて、過去の水害を踏まえて堤防が強化された結果ですし、樋門や排水路など設備と管理が整っていること、消防署職員や消防団および関係者による予防的な対応などによります。

私達の生活を守るために、風雨の強い中、昼夜関係なく働いて下さった皆さん、ありがとうございました。
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テレビや新聞の映像や写真に映し出された奈良県と和歌山県の様子は、台風の凄まじさを見せつけ、自然の脅威を再認識させます。被害に遭われた多くの皆さんに対して何ができるのだろうか・・・考えさせられます。

3月11日の東日本大震災と合わせ、平成23年は「自然の脅威」を意識する年になりました。

また、被害の大きかった奈良県十津川村は、お隣の新十津川町の母村。120年前、十津川村で起きた大水害から避難して来た人によって生まれた町が新十津川町ですが、この移住の折、樺戸集治監の囚人が手伝ったとか。なにがしかの縁のある町・村です。

縁の有る無しにかかわらず、被害にあった方々に今回も何かできないものか・・・
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それからこの大水で思い出したことが。

今からちょうど10年前にも今回と同じくらいに大水が出たことがありました。
その時も雨台風が接近し、ずっと大粒の雨が降り続いていました。夜中になっても雨の勢いはおさまらず、須部都川の水位は上がるばかり。

いつ避難勧告があるのかと不安を募らせながら花の撰花をしていた時、ラジオからの第一報
「旅客機がツインタワーに突っ込んでいます。信じられません。何か事故が起きたようです。」

そう、2011年9月11日。アメリカでの同時多発テロがあったその瞬間でした。

大水とともに生々しい記憶が蘇り、何とも不安の残った台風12号による被害。
平和で安心のできる暮らしを作るには、日々の努力と備えがいることを再認識したしだいです。

2011年08月18日

迷い、悩み、考えた先に見えてきたもの(3)・・ 一歩踏み出す → 力が湧き上がる 

昨日と今日、ともに一人日帰りで札幌に行ってきました。

昨日は『北海道亜臨界肥料流通機構』の会議で北大農学部に、そして今日は『北海道町村議会広報研修会』で札幌市第2水産ビルに。

どちらも私にとって新たな展開を感じる有意義な内容で、帰りの汽車では満足感いっぱい! 「参加してよかった〜。」と思うと同時に、次から次に今後の展開アイデアが浮かんできました。
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そう言えばこの3ヶ月間、「学びの場」に参加しようという気持ちが湧いてきませんでしたし、目にも留まりませんでした。きっと様々な案内は届いていたとは思いますが、ピーンと感じることもなく、漠然と「最近おもしろそうな勉強会や研修会ってないなあ。」と。

しかしひとたび霧が晴れてくると、色々なものが目につく上に感度も上がって、「きっとこれは何かある。参加しなければ!!」と、いつの間にか時間を作って行動している私がいました。そして実際に参加してみると・・・みんなアタリ。

やっぱり学ぶことは楽しいですね♪

そのためには一歩踏み出さねば。
一歩踏み出す勇気が持てたら、どんどん行動しましょう。迷いも飛んで新しい道が開け、いつか力が満ちてきます。思い切って一歩踏み出すことで新たな展開が見えてくる、そう確信が持てました。

もちろん視点が身近なところに集中し、身動きがとれないほど消耗してしまう時もあります。その時はそれにどっぷり浸かってもいいし、周りなど気にせず休めばいい。でももし少しでも気力が回復し、少し遠くを見たくなったら、勇気を持って行動すること! まずはそこから。
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今日の議会広報研修会で、数人の方からお声を掛けていただきました。空知の議員仲間で年に何度かお会いする人もいれば、様々な勉強会で顔を合わせる人、このブログが縁で親交がもてた人や今回初めてお会いした人など。

前向きな時に人と会うと、ますます元気が出てきます♪

2011年08月15日

迷い、悩み、考えた先に見えてきたもの(2)・・議論とは・・

同じテーマの前回から半月が経過し、その間に色々な方から電話やメールをいただきました。ご心配をおかけしてスイマセン。私自身は至極元気でやっています。気に掛けていただき、ありがとうございました。皆さんの声に励まされます。

右の写真は、お盆休みに家族登山したウペペサンケ山の途中で撮影した糠平湖。強風と膝通・腰痛で途中下山でしたが、満足のいく山行でした。
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さて、本題。今回は「議論」について考えます。

「議会は言論の府」と言われる以上、議論により物事が決まっていくものと思っていました。
しかしながら実際は・・・?
 兼業議員の地方議会に限らず、国会でさえまともな議論が少ないのだから致し方ないのかもしれませんし、議員必携や議会改革の本にあえて「議会は言論の府」と書かれていたのは、現実にはそうなっていないことの裏返しだったのかもしれないと、最近思えてきました。


議論をするには、そこに集った人が議論で物事を解決しようと(妥協点を見いだそうと)しなければ噛み合わない=議論にならないのだと、議員活動を続けるほどに感じます。「議論する」って、以外に難しいことなんですね。

それから、議論の到達点(議論の深さ)にも個人差があり、私はまだまだ議論の入り口だと思っている場面でも他の人から見れば既に最終段階。どこを結論とするのかは議長や委員長を中心とした議会の認識に左右されるため、議論がほとんどなされないままの結論でも手続き的には問題ないことも解りました。


私は議員になる前も今も、既存の大きな組織に所属したことがほとんどありません。何か活動する時は目的を同じにする人達で新たな組織を作ってきたからです(認可保育所建設要望の会、学童保育所開設の会、合併問題を考える「つきがた未来21」、まちづくりNPOふきのとう、地球温暖化防止活動の「地球を愛する会@月形」他)。
目的を持って集まってきた仲間だから、言いたいこともたくさん。結果、議論が絶えない活発で明るい団体ばかりでした。それが普通と思っていた私、今思えば、異端児だったのかもしれませんね。


議論が尽くされていない時=妥協点が見えない時、皆さんはどう納得するのですか?


私には未だこの答えが見いだせません。迷いが生じたのもココです。

同僚議員に聞いてみたところ「常識で考えればわかる。」「全てが思い通りに行くわけではないのだから、諦めることも必要。」「正副議長に任せる。」・・・私にとっての有効な解決策はありませんでした。

そもそもの視点が違っている場合、トコトン議論しなければ納得など出来ません。が、しかし、視点が違っていることを説明し理解してもらうのは本当に難しい。私の力量不足も相まって回りくどい説明になり、結果最終地点まで到達できずに限界点を迎えます。いつも最後は(定数10なので)「10分の1の意見」として扱われてしまうのが残念です。

森啓先生が「真実は少数にあり」と、土曜講座で何度も口にされていました。この言葉が今の私の励みです。

また今月のカレンダーには「自分が善だと信じていることが、全ての人にとっての善だとは限らない。争いごとの多くは善と悪の戦いではなく、それぞれの善と善との戦いだ。」との一文。なるほど〜。

そしてもう一つ「議論は人格をかけ勝負するものではない。」「改革、改革ではなく、発想の転換が必要。」これは元栗山町議会事務局長の中尾さんからいただいた言葉。議論も改革も目的でなく手段、もっと大きく物事を捉えなさいと諭していただきました。


今年は土曜講座も修了し、自治体学会にも参加できませんでしたし、他の勉強会からも足が遠のいていたかも。選挙が終わってからの3ヶ月、狭い関係の中でばかりで考えていたと反省。必然的に近視眼的になっていたようです。

やはり一歩踏み見出し、様々な人と交わりながら大所高所からの視点を大事にする・・・これが目下の解決策でしょう。めげず、諦めず。

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