2017年03月18日

数字を鵜呑みにしてはいけない【平成29年度予算特別委員会/その2】

月形町議会定例会は閉会した。新年度予算は様々な疑問や問題点を含んでいたのに、全会一致で原案通り可決した。

議会初日から予算特別委員会の採決までずっと傍聴してきた私は、いつも以上に重たい気持ちを引きずっている。突っ込みどころ満載なのに発言できないもどかしさ。もう一歩踏み込んで、本質を共有して次の展開に繋げたい・・・ 
と、いつまでもこの話題を引きずるのも楽しくない。
けれど重要なことなので、月形町民にはぜひ読んで欲しい。

今日は予算額の話し。話題にするのは「月形高校への補助金」と「町立病院への赤字補填」

今朝の北海道新聞空知版には写真のような、月形高校の生徒数減少対策(事業名:人づくり振興事業)の記事が掲載されていた。道新への掲載はPRに繫がるので喜ばしいが、予算の中身を知っている者としては、町民への周知の部分でキチンとした報道をして欲しかった。
というのも・・・

この記事を読むと、月形町から月高生徒減少対策事業に840万円の予算が付いたように読める。

町は20年くらい前から同様の目的の補助金を出していた。事業の中身は交通費補助(JR利用促進も兼ねる)に始まって、資格試験の受験料半額補助などへも拡充していって、補助額が年間1000万円を超えたところで議会から見直しの声が上がり減額された。その後、少子化が顕著になって生徒数が減少したことに伴って10年くらい前から徐々に復活し、1000万〜1200万円で推移した。3年前のまち・ひと・仕事創生交付金が引き金になって補助内容が一気に拡充され、平成28年度は1400万円にまでなっている。
そして平成29年度(新年度)予算では、1840万円! 

財源だが、H27年度は国の交付金(まち・ひと・仕事創生交付金/平成26年度補正分)があたったが、平成28年度は地方創生交付金を予定していたものの採択されず全額一般財源、平成29年度は当初から全額一般財源。

話を新年度予算に戻す。

新年度の月高支援の総額は1840万円!これまでにない予算を組んでいる。にもかかわらず、新聞には840万円。行政側が記者に対して、事業の一部内容だけを切り取って説明し、町民感情の「1000万円の壁」以下の金額を示したように見えてならない。

どうして正確な数字を公表しないのか?

月高が月形町にとって必要で、どんなに補助金を出しても守るというならそれを前面に出して町民に訴えればいい。現状の厳しさ、危機感を町民と共有することが何よりも大事だと思うから。新年度には全校生徒数が100人をきる状況とともに、いくらの補助が出ているのかはとても重要。
今のままでは月形町の現状と町民の認識との間の乖離が進んでしまう。

同様のことは町立病院会計でもあった。

町立病院は赤字がかさんでいる。当初予算に一般会計からの赤字補填分として平成27年は8300万円、平成28年で7700万円が計上されてきた。そして、年度末にはさらに上乗せしていて、昨年度は3900万円追加している。つまり、平成28年度は約1億円の赤字補填をしているのだ。
そして新年度予算の赤字補填分は1億1500万円。
これだけ見ると妥当な数字に見える。しかし、これは裏のある数字だ。

昨年秋に2人いる常勤医のうち1人が退職し、入院患者は減少した。にもかかわらず、予算算定の根拠になる「1日平均入院患者数」は30人→32人に増加されていた(これらの数字は全て予算書に記載されている)。常勤医2人がいた状態で30人の見込み数が、常勤医1人になって入院患者が増えるなんて常識的に考えられない。
それに、今残っていてくれている常勤医は、定年を延長して働いていただいている。この状況でこの数字は?? 結局、赤字幅を少なく見せるための調整された数字で、ほんとうはどれくらいの赤字を見込んでいるのか? 

町立病院は体制変更を余儀なくされていて、この秋にも結論を出すという。だったら、現状を町民や議会と共有する必要がある。この危機的状況を! 
実態を表現する正直な数字を示すべきだ。

この数字のからくりに気づいた議員がいなかったので、個別質疑が終わったあとに伝えたが・・・ このことを誰も総括質疑で質さなかった。ほんとうに残念なことだ。

2017年03月12日

忘れて欲しくないこと【東日本大震災から丸6年の3月11日】

昨日は、東日本大震災から丸6年の3月11日。何年経っても心に刺さる1日です。

昨日は、夕方札幌で開催される「震災を忘れないで 〜子ども達が見た 3・11〜」に参加するため、昼過ぎから夫と二人で札幌に出ていました。
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「多くの人と発災時刻を迎え、共に祈りを捧げたい」と午後2時半頃に地下歩行空間に入ると、2カ所のイベントスペースで震災関連の催しが展開されていました。その1つで時間を待つことに。

私たちと同じ想いの人が次第に集まってきたものの、土曜日の午後の地下歩行空間はたくさんの人で大賑わい。中央通路はたくさんの人が往来し、ひとときも休むことなく楽しげな話し声や様々な音で溢れていました。

イベントスペースには微かな音で時報が流れ始め、「その時」が近づいていることを感じさせます。人々がステージに注目し、午後2時46分、黙とう。目をつぶると、あの日のテレビ映像が浮かび、体験した振動や音や光景が蘇ります。 
・・・ 亡くなられた方のご冥福をお祈りします。全ての被災したみなさんの心が穏やかになりますように ・・・

大きな合図があったわけでもなく、それとなく始まった黙とう。ただ、多くの人が「この時」を気にかけていたのでしょう。地下歩行空間に漂う喧騒は次第に静まりだし、黙とうが終わる頃には、人がゆっくりと移動するだけになっていたような空気感。目を開ければ黙とうを始めたときよりも多くの人影が目の前にあり、たくさんの祈りがそこにあったのを実感できました。
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午後4時半。斜めから差し込む優しい日射しの中で「震災を忘れないで 〜子ども達が見た 3・11〜」は始まりました。この企画は、東松島市の高校生語り部、尾形さん(高3←当時小6)と武山さん(高1←当時小4)から震災当時のお話を聞くというもの。すでに、9日に旭川市、10日に夕張市、11日昼間には地下歩行空間でも開催されていました。

被災当事者の二人が、当時の写真とともに、実体験を自分の言葉と目線で語る会。生々しい事実は時の経過を感じさせることなく、私たちを「あの日の東松島市」に連れて行ってくれます。ただ尾形さんが「どんどん記憶が薄れていくんですよね。写真を見てもどこだか思い出せないことがあって」と。

私たちのように遠隔地にいると「その時」は記憶の断片として保存され、いつでもそのままの形で取り出すことができます。けれど彼女たちにとって「その時」は連続した暮らしの一瞬であって、常に上書きされながら日常が成り立っているのです。まちは復旧復興と共にどんどん変わり、物理的な変化にさらされています。子どもから大人への成長と共に記憶が薄れていきます。さらに、辛いことを忘れるのは心の癒しの過程に組み込まれたもの。忘れるのが当たり前だし、忘れた方がいいのかもしれないのに・・・

彼女たちは「震災の記憶を忘れたくない。震災がなければ今の自分ではないから。自分が覚えているために私はこの活動を続けています」と。ならば、私たちのような(被災者でない)人達に「忘れないでいて欲しいことは?」の問いに、
「日本はどこも災害が多い。絶対に安全なところなんてないと覚えていて欲しい」
「日常は永遠に続かない。だから、今ある日常を大切にして欲しい。感じたときに想いを伝えたい」
「復興には終わりがない。そのことを忘れないでいて欲しい。」

もう一つ印象的だった言葉がありました。
一番助けてほしいと思ったのは、このくらいの時間帯(午後6時頃)」

この夕方6時くらいの時間帯とは・・・ 
午後2時46分に地震が起きて立て続けに津波に襲われ、何とか高い場所に避難したものの服や足元は水で濡れた状態。津波が落ちつき始めたのでに安全な場所に移動したころ。外は薄暗くなり、ずっと雪がちらついていて寒くてしょうがない。それなのに、油と海水とが混じって一面に広がり火を焚くこともできない。 ・・・ 心細い ・・・ そんな時間帯だったそう。

いくら助けが欲しくても、災害が大きければ大きいほど公の助けが行き渡るには時間が必要で、発災数時間後は遠くからの助けがまだまだ間に合わない時間帯。だからこそ必要なのは自助(自分で身を守る術)と共助(地域での助け合い=互近助)。辛い時間を乗り越えるための準備は、気軽に声を掛けあい、助け合い、分け合える関係性を作っておくこと、と。日々の暮らしの心がけと積み重ねが大事だと改めて教えられました。

尾形さん、武山さん、どうもありがとう。

2017年02月21日

JR札沼線に対する個人的見解

ここ数ヶ月、JR北海道の動向と自治体の動きが北海道民とりわけJR不採算路線の沿線住民にとって話題になっている。特にJR札沼線(北海道医療大〜新十津川)は全道一の不採算路線。既にバス転換の話も出ている中で、住民が何を求めているのか、何を考えているのかは多くの人の関心事だ。

月形町は上坂町長が「現状維持」を事あるごとに強固に打ちだしていることから、町内での表だった議論は全くない。町長が対外的に方針を示すことはあってもいいが、同時並行で町民への説明と意見聴取(広報広聴)の機会は確保しなければならない。特に、JR側が札沼線沿線3町長(新十津川町、浦臼町、月形町)に(質問への回答書の形で)具体的な方針を示した昨年12月中旬以降に、町民説明会や懇談会を開催すべきだった。JR札沼線沿線の他の自治体(新十津川町、浦臼町、当別町)が開催しているのとは対照的だ。「対話のまちづくり」を掲げて当選した上坂町長、多くの町民が「対話」に期待し「対話」を望んでいる。

それにしても、町も町なら議会も議会だと思う。議会が「JR問題に関して、町から詳細な説明は受けていない」(「町民と議会との懇談会」での議員発言)と平然と言ってのけたことにも驚いた。JR問題は新聞紙上を賑わし、町内での年末年始の挨拶では必ず出てきた話題であったのに、最も情報源に近い議会が何も動いてこなかったとは! そして、そのことに疑問すら持っていなかったとは! とても残念だ。

JR札沼線問題に関して、月形町は町民不在のまま進んでいる。

さて、私はこれまでJR札沼線問題について個人的見解を問われる場面が何度かあった。その都度回答してきたが、ここに整理して記すことにする。

新聞紙上やSNSでは現状維持・存続希望の意見が多くを占めているが、私はそうは思っていない。別の見解、別の視点を示すことで、この地域にとって「何が問題で、どう解決するのか」という議論が活発化することを願っている。
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【JR札沼線に対する個人的見解】

私は、JR札沼線(北海道医療大〜新十津川)はバス転換を受け入れ、条件闘争をする段階にあると考えている。これは私が個人的に情報を集めた中で出した結論だ。

   私はJR札沼線沿線の住民だが、JR札沼線のことだけ、つまり地元の利益だけを考えて結論を出すわけにはいかないと思っている。鉄路は道内や国内をつないでいるのだから、北海道全体の視点で鉄路の行く末を考える必要がある。そう考えると、私の基本的な考えは、道の鉄道ネットワーキングチーム(WT)と近い(→ 報告書はこちら 概要は北海道新聞2月1日朝刊 → 写真は一部を掲載)。

鉄道の本来の機能(遠隔地間を高速で大量に輸送できる)を考えた時、北海道内の主要な都市を結ぶ幹線はたとえ赤字が大きくとも残すべきと考えるが、枝線・末線においては状況に応じて取捨選択する時期に来ていると思う。今ある鉄路を残せるものなら残したい。しかし、JR北海道に限らず、国も道も沿線自治体も財政が厳しいのは自明の理。限りある資金や資源を住民福祉の向上に使うためには、どこかを削りどこかに配分しなければならない。鉄路の必然性がなく、利用者の少ない路線の維持のために、貴重な資金や資源を配分できるほどの余力はもうないと思う。

私たちJR札沼線沿線住民は、すでに現実を受け入れているではないか?

JR札沼線は札幌を発着地として新十津川駅で折り返し運転をするローカル線だが、札幌〜北海道医療大までは電化され毎時2〜4本の電車が往復している。電化区間の乗降客数は道内でも指折りの優良路線で、札幌圏の住民の生活の足として必須の路線になっている。
一方、北海道医療大〜新十津川間はディーゼル機関車による運行で、北海道医療大〜月形までは2時間に1本程度(1日に下り8本、上り7本)、終着の新十津川までは1日1往復しかない。この運行ダイヤになったのはちょうど1年前である。
午前中に1往復しか走らない路線が日常の交通手段として利用できるはずもない。「日常の利用」を路線存続の決め手とするJRにとっては、本格的な議論の1年程前にすでに伏線を張っていたと言える。しかし、私たち沿線住民は大した抵抗もせずに受け入れてしまったのではないか。変更前には各自治体が各町民向けにダイヤ改正の説明をしたのである(月形町でも実施された)。

実際、ほとんどの町民はJRに乗っていない。

JR北海道は各駅毎の利用者数を丁寧に調べていて、JR主催の説明会や各町長への回答書ではそれらの資料が提示された。その数字から受ける印象は、私が利用するときに目にする乗客数(ほとんど乗っていない状況)と変わらなく、信用できるデータだと感じた。
また、主要駅(例えば石狩月形駅)の乗降客数の年次変化のデータもあった。数年来の乗降客数は横ばいなので「なぜ今、バス転換なのか?!」という存続支持派の意見も出てくると思うが、母体となるJR北海道の直近の状況(安全管理不備による事故多発、災害復旧)を勘案すると、切羽詰まった状況が見えてくる。鉄道ロマンの充足よりも、明日の食料をどう調達するのか的な状況になっていると容易に推測できる。

「JRを残してほしい」の真意は?

町民と話しをするとき「JRを残してほしい」と言われることがある。が、よくよく話を聞いてみると「公共交通(=JR)を残してほしい」という意味だと解る。今、実際にJRを利用している人達は自らの移動手段を持たない人で、公共交通がなくなることは死活問題である。だが、公共交通は「鉄道」でなくてもいいのだ。バスであってもタクシーであっても長期間キチンと運行されることが約束され、運賃が程々であれば利用する。計画的に利用できることが重要なのだと思う。「ほとんど人が乗っていないのに、それを残すためにお金を使うなんてもったいない」と普段から利用している人が言う。「日常の暮らし」の視点で考えれば当たり前のことだ。

「月形高校の存続」と「JR札沼線の存続」は連動しない。

月形町内とりわけ町や議会関係者とJRの話をすると、決まって月形高校存続とセットにされる。「JRがあるから月高生が札幌方面からも集まってきて維持できている」と。私にはどうも解せない。生徒本人も保護者も「鉄路」があるから月形高校に通うのか?
札幌方面から月形に通う際には当別駅での乗り換えは必須。電車から汽車に乗り換えるか、電車からバスに乗り換えるか・・・。今、通学に使える朝の便は2本しかない。乗り遅れたらお昼になってしまう。もしバスの運行で3本確保できたら、格段に便利になるだろう。月高に停留所を設ければ、当別で乗り換えるだけで学校まで直行だ。それに、バス運行の柔軟性を考えれば中型バスを導入し、通学時の月高生が分散して乗れるように工夫すればいい。例えば、早い便で通学する生徒には運賃補助を出したり、部活の朝練を推奨したり、受験用の朝授業を設けるのもいい。これまで以上に生徒に寄り添った学校運営につなげることもできる。
これまで「月高の存続」と「JRの存続」をセットにしてきたことで思考停止になっていたと思う。もっと月形高校の魅力をアップする方法を考えるべきで、町民の多様な思考の活用でできることはある。

JRは観光資源にはなるが、観光振興にはならないのでは?

「JRは観光資源になる」と鉄道ファンや存続を支持する人達は言う。確かに鉄道の走る風景は美しいし旅情もある。田舎の風景と相まって鉄道ファンが集まるのも理解する。ただ、それが地域を潤すための観光振興には繫がらないのではないか。
今回の問題をきっかけに、ネットで鉄道ファンなどのブログを色々見てみた。JR札沼線に想い入れを持っている人もいたが、その人たちどれだけ運賃を支払って乗ってくれているのかは微妙なところだと思った。撮り鉄は車でベストスポットに行くし、乗り鉄でさえも切符を求めて1区間だけ、1度だけである。今、必要なのは「鉄道によってお金を生み出す。鉄道によって地域が活性化する」ことであって、「鉄路が残る」のはその結果だと思う。

「JRの観光資源」を観光振興に結びつけるためには、地域にお金が落ちる仕組みがなければならないが、月形町の場合、それを受け入れられる飲食店や商店は本当に少ない。今「JR札沼線沿線3町長がバスガイドするツアー」をPRしているが、JRを利用するのは一部の区間のみで、基本は札幌のバス会社が企画するバスツアーなのだ。
観光資源を観光振興に結びつけるには、相当の仕掛けと労力が必要である。その覚悟や準備が自治体にあるのだろうか? 職員や地域おこし協力隊を配置しただけでは活性化できない。

以上が、個別具体的な事例も含めた、私のJR札沼線に対する見解である。
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JR札沼線問題は本来なら多くの町民が集まる公共の場で、様々な視点による議論で結論を導き出したい。だが今の月形町では情報格差が大きく議論にならないように思う。このことは先日の「町民と議会との懇談会」でも見て取れた。現職議員と議論しようにも危機感がまるで違っていた。前提となる基礎情報が全く共有されていないので話にならなかったのだ。

そこで町には、まず町民との広報広聴の場を持ってほしい。その際には以下の内容の情報を提供してほしい。

(1)JR札沼線に関する様々な協議状況の説明(JR、沿線自治体、道、国との協議)
(2)北海道の考え方の説明(鉄道ネットワーキングチームの報告書の解説)
(3)月形町としての基本的な考え方
(4)様々なデータの提示
   例)・JR北海道の経営状況
     ・JR札沼線の維持管理費の実態と推計(今後の予測も含む)
     ・JR札沼線を維持するための人員数(運行だけでなく維持管理も含む)
     ・JR札沼線の利用状況(各駅利用人数と年次変化等)
     ・JR札沼線沿線の人口推計
     ・JR札沼線(鉄路)維持経費とバス転換後の運行経費の比較
     ・地域交通維持のための交付税充当額(鉄道維持とバス転換の比較)
     ・月形町の財政状況と推計(今後支出が増大すると見込まれる事業の提示)
     ・その他、関連すると思われる情報

JR存続問題は例を見ないスピードで展開している。
地方自治、市民自治をめざす私たち町民は、当事者としてその議論に加わっていきたい。

2017年01月30日

今こそ議会の出番!と思うのだが・・・【JR主催:JR札沼線 住民説明会@新十津川】

去る1月25日(水)午後4時から、JR北海道が主催する「JR札沼線 住民説明会」が沿線で初めて、新十津川町で開催された。内容は言わずもがな、JR札沼線の北海道医療大〜新十津川間のバス転換(廃線)について、JR側による住民への説明である。

この日に開催されることを北海道新聞で知った私は、JR側の詳細な説明が知りたいと会場に足を運んだ。

開始20分ほど前に到着。会場入口で関係者に「町外から来たが参加できるか?」と確認すると、「沿線住民ですか? (町民以外なので)発言を控えていただければ参加に問題はありません」とのこと。入場すると会場にはテレビカメラが10台近く配置され、マスコミ関係者が“いっぱい”としか表現できないほどいるのに対して、住民はまだほんの数人。主催者席にはJR関係者とおぼしき人が3人座ってじっと待っていた。ハッキリ言ってこの雰囲気に圧倒されてしまった。

さて、開始時刻になる頃には次々と住民(ほぼ新十津川町民)が集まりだし、イスと机が足りなくて追加されていく。参加住民の多くは50代〜70代の男性。女性は片手よりちょっと多いくらいで高齢の方が目立った。私より若い人はほんの少しだったと思う。最終的には43人(道新に記載)が集まった。

説明会は、まずJR側がこれまでの経過と経営状況を説明した。その内容は、昨年12月18日に、沿線3町長(新十津川町、浦臼町、月形町)に対する「要望書への正式回答」時と同じ内容とのことだった。《※ 詳しくは末尾に記載。全てを記録したものではないので、参考程度に。》

その後の【質疑応答/意見交換】では会場から次々に手が上がり、住民がそれぞれの想いを述べた。JR側が「私企業における経営」を問題にするのに対して、住民側は「鉄道の価値」「鉄道のある暮らしの風景」「鉄道とまちづくり」「鉄道と地方創生」「鉄道インフラに対する国の責任」などの総論的視点で語られるために噛み合わないのは当然で、どちらも言いっぱなしの印象が強かった。

《※ 私の個人的な意見 ※ あの場で発言できたら・・・》 JR側の説明で「日常的な利用がなければ鉄路を維持するのは難しい」と何度も聴かされたが、私が新十津川町民だったら、この論理に対しては憤慨してしまう。だって、今、新十津川駅には 9:28着と、その折り返しの 9:40発しかない。このダイヤで「日常の利用」ができるのか??? こんなダイヤにしておいて、今さら日常の利用を大上段に説明すること自体、新十津川町民に失礼だと感じた。この部分はもっと怒っていいと思っている。
それから「日常の利用=定期券数」で判断している点。日常利用している人でも定期券を持たない人は案外多い。会社も学校も週休二日が基本であり、本数が少ない路線では乗り遅れ・時間が合わない等により送迎(自家用車の利用)も多くなるため、定期券を買わないそう。都市部の論理が田舎では通用しないことも理解してほしい。
(ただし、こういう事情を考慮しても、焼け石に水の状態は変わらないのが悲しい。経営の厳しさはこれまでの報道を見れば理解できるし、利用状況の厳しさを裏付ける詳細なデータも提示されれば納得もする。それは解っている。だからこそ、住民の暮らしにとって何が重要なのか、これからの条件闘争も含めて、視点を変えた議論が必要だと考える。)

この説明会については、当日夜のテレビニュースで各局が報道した他、翌日と翌々日の北海道新聞朝刊に掲載された(←写真3枚目は1月26日(木)全道版社会面、↓写真4枚目は1月27日(金)空知面)。テレビも新聞も住民側の意見を集約し「バス転換に異論。反対意見続出」のような論調で報道していた。

だが、そもそもこのような説明会に来て発言するのは、一般的に“反対の意向がある人”である。必ずしも地域の意見を代表したものではない。しかし、報道に載ると自治体住民のほとんどが反対しているように感じさせる。(実際に、説明会に参加していた人の多くはバス転換に反対の人達だったのは事実だけれど、全町民の割合からすればほんの一握り。)

JRと地元が対立しているように見えるが、本当のところはどうなの? 純粋に疑問が湧く。

私が町長選挙に絡んで多くの町民の方々と膝詰めで話しをした時に聞いた意見は
「私はいつもJRを利用しているけれど、ほんとに乗っていないんだもの、ムダだわ。」
「今だって医療大か当別で乗り換えなくちゃ札幌に行けないんだもの、バスでも同じでしょ。」
「バスで本数が増えるならその方が良い。」
「冬もJRはよく止まるけれど、その時は代替バスが出るんだから。バスの方が止まらないんじゃないの。」
「運休で代替バスに乗ったことがある。乗ってしまえば当別駅まで運んでくれて、結構楽だったよ。」
と、いずれ廃線になることを予想して、バス転換を容認する意見が実に多かった。もちろん「鉄道がなくなったら寂しい。」と言う人も若干いたのも事実。

鉄道の利用頻度や状況の理解度によって意見が分かれる問題だからこそ、住民がどう考えているのかの実態調査が欠かせないと感じた。

ところで、私がとても気になったことが1つある。ある質問者からの「JRの状況はすでに新十津川町や浦臼町から説明を受けているので理解している。同じ内容だった。」という発言だ。
新十津川町や浦臼町では、行政が住民向けに説明会を開いているの? 

月形町はこれまで1度も住民向けに説明会を開いていない(11月上旬の町政懇談会に簡単に触れたが、この時期はさしたる動きがなかったため説明会や広聴の場ではなかった。JR問題が本格的になったのは12月の中旬以降である)し、まして町民の意見を聞くまでもなく上坂町長は「JRの廃止やバス転換は考えられない。絶対反対。現状維持を強く求めていく。」と言ってはばからない。これで本当に良いのだろうか?

町民の意見を聞くことなく進めるのも首長の手腕かもしれない。それが将来的に良い結果をもたらすのであれば善しとする意見もあるだろう。でも・・・

こんな状況だからこそ、今こそ議会の出番ではないのか!

様々な意見や視点を町政に活かすのが議会の役割。この状況なら、議会が町民の意見集約をして行政に届けるのが本来の仕事では? それとも(今の私には全く見えていないけれど)議会内部では活発な議論や広聴が行われているのか?

ちょうどいい! 
2月9日〜13日に、月形町議会が初めて実施する「町民と議会との懇談会」が予定されている。これまで議会内で、あるいは行政と、どんな議論が交わされてきたのか聴いてみたいし、今後どのように町民の意見を吸い上げるのか広聴体制も聴いてみたい。

町民のみなさん、ぜひ参加して聴いてみましょう。時間と場所は以下の通り。全て午後2時からなので参加しにくいかもしれませんが、それでも何とか・・・ よろしくお願いします。

月形町議会主催「町民と議会との懇談会」
● 2月 9日(木)14時~ 南地区広域集落会館
● 2月10日(金)14時~ 月形町交流センター
● 2月13日(月)14時~ 札比内コミュニティセンター

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■以下、JR北海道からの説明内容/宮下筆記。全てを記録したものではないので参考程度に。

[JR北海道全体]
・国鉄からJRになるときに、国から経営安定化基金として6822億円が用意されたが、様々な要因で取り崩し、まもなく赤字になる。
 (質疑応答からの補足:国からはJR移行後も様々な形で支援を受けてきた。更なる支援を要請しにくい。)
・JR北海道は発足30年を迎えたが、その間に北海道の交通状況は激しく変化した。
 (高規格道路の整備が進み、30年間で6.5倍の距離になった。特に無料区間が大きく延びた。)
・人口減少、輸送密度、老朽化は予想を遥かに超えるスピードで進んできた。
・事故多発を受け、安全投資と修繕費は確実に確保する方針に転換した。このことで赤字が拡大している。
・JR発足当初、輸送密度(1kmあたりの1日平均輸送人員)4000人未満を基準に廃止した。
・道路は共有財産として国や自治体が維持管理を行っているが、鉄道は全て鉄道会社が行わなくてはならない。フルスペックの維持に膨大な経費がかかる。(JR北海道の総営業距離は2,400km)

[JR札沼線]
・輸送密度200人(=片道100人)未満の路線は、大量輸送手段である鉄道のメリットを発揮できない。バス転換が望ましい。
・JR札沼線(北海道医療大〜新十津川間)の輸送密度は79人。1列車の乗車数は7人程度。
・各駅での1日当たりの乗降客数データあり。石狩月形駅は152人、1列車平均にすると10人。浦臼駅の1列車平均は2人、新十津川駅は9人(1日1往復のため)。
・月高生以外、日常の利用はほとんどない(日常の利用=定期券でカウント)
・毎年の運行赤字の他に、老朽土木建造物の更新のため今後20年間で6億円必要。

[3町長からの要望書への回答]
要望1)JR札沼線を観光資源として活用したい。
 → 回答1)鉄道を存続しても観光資源にはなり得ない。
要望2)月高生の3割が通学に利用している。JR廃止は月高の存続に関わる。
 → 回答2)全校生徒117人のうち37人が利用。バス1台で輸送できる。
      以前は5割の生徒がJRを利用していた上、月高生全体の人数も多かった。
要望3)鉄道は日常生活の足として大切。
 → 回答3)定期券利用者は通学で60人、通勤で数人しかいない。
   国勢調査のデータから、日常移動はどの自治体住民も石狩川左岸地区(岩見技・奈井江・滝川方面)に
   向かっていて、公共交通はバスを利用している。ならば、札幌方面への移動もバス代替が可能。
要望4)利用促進に取り組んでいる。沿線自治体や住民の意見を聞いてほしい。
 → 回答4)随時、住民対象の説明会を開いていく。
   3町だけでなく、基点の当別町を加えた4町で協議会を作ってほしい。

2016年07月28日

とうとう最終号【ゆみこの議員活動報告書14・発行】

20160728町民のみなさんに向けて、今朝の新聞各紙に「ゆみこの議員活動報告書14」を折り込みました。(→ 写真をクリック、またはこちらからご覧いただけます。)

内容は、7月31日をもって議員辞職をすることの報告とお詫び、議員3期9年間の振り返りを中心に、議員としてやり残したこと、めざしていることなども記しています。

議員の仕事を知ってもらいたくて始めた活動報告書づくり。発行当初は公式の議会だよりが無かったこともあり、議員活動日程を柱に「議員は何しているの?」という疑問に答えることを中心でした。文章を書くことが苦手だった私にはとても時間のかかる、精神的負担の大きい作業でしたが、町民のみなさんから「こういう報告書がほしかった。」「よく分かったよ。」などと褒められると嬉しくて、次も頑張ろうと思ったものです。

議員の経験を重ねるうちに報告書も変化し、最近は特定の事例について深く掘り下げる内容に。「難しくて分かりにくい」という声をいただく一方で、「細かく解説してくれて、何が問題なのかよく分かったよ。」という声も。何をどのような表現で伝えるべきか、常に自問自答しながらの作成でした。

そして今回の最終号は、議員活動で知り合った友人(表現のプロ)に紙面構成をお願いし、とても見やすくできました。構成を任せることで私は文章を書くことに集中でき、今までで一番のできになったように感じています。餅は餅屋に、一人より複数の力・・・その良さを改めて感じさせられる最終号。ゴールであり、スタートでもあります。

議員活動報告書のバックナンバーはこちら(ページ上部の 活動記録>議員活動報告書)をご覧ください。最初の頃は独りよがりの文章でちょっと恥ずかしい気持ちもしますが、それらも含めて私の成長の記録であり、議員活動の証です。

最後に、町内の新聞販売店(4業者)のみなさんにも感謝いたします。町内で活動報告書を発行したのは私が最初で唯一。町内雁里地区を担当する岩見沢市の業者にお願いしたときには「政治的なチラシは折り込めない」と断られましたが、町内業者のみなさんは「議員さんが町民に向けて、知りたいことをお知らせするのだから、何の問題もありません。」と言って引き受けてくれました。
新聞折込できなければ全町民向けの発行は出来なかったでしょう。ありがとうございました。

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